2004年度幸徳秋水を顕彰する会活動方針 2004年度幸徳秋水を顕彰する会活動方針
2004年度幸徳秋水を顕彰する会活動方針

2015年度活動方針

 日露戦争当時、日本が冨国強兵をめざす桂内閣と元老山県有朋らが、非戦平和を唱える社会主義者を抑圧するため、宮下太吉による爆裂弾(直径3cm高さ5cmの空缶で子犬も殺せない程の物)の実験を捜索、天皇暗殺計画へとフレームアップさし、幸徳秋水をはじめ全国で600余名の主義者を捕縛、取り調べの結果26名が裁判にかけられました。1911年1月18日までの7ヶ月の予備審のみで、死刑24名、有期刑2名の判決を下し、翌日12名を天皇の恩赦のもとに無期懲役に減刑し、大逆罪が国策に逆らえない方向であることを示したのです。

 国際的批判をかわすため、幸徳秋水ら12名を判決から6日目に絞首刑を行なったのです。司法のもとで幸徳秋水をはじめ25名の無実を果たす事はできませんでしたが、社会的には完全な冤罪である事が明白となっています。

 2000年12月中村市議会本会議で全会一致で「幸徳秋水を顕彰する決議」がなされ、処刑から100周年を記念し、2011年1月24日「幸徳秋水刑死100周年記念事業」に全国の関係者・研究者が集い、ネットワークづくりの確認がなされ、大逆事件犠牲者に関る新宮市・本宮市・井原市・熊本・大阪の各地で顕彰への記念事業が行われている意義は大きい成果であると思います。

 世界的な思想家・ジャーナリスト・文学者である幸徳秋水の人格を地元四万十市民が正しく理解し評価する事は、対外的評価と結合していく事です。

具体的活動

幸徳秋水刑死105周年墓前祭を2016年1月24日(日)12時30分より行い、墓前祭終了後交流会で意見交換を行います。

「坂本清馬翁」の顕彰活動に努めます。

全国各地の「大逆事件犠牲者を顕彰する活動」と連携し、関連行事等に参加します。
県内の大逆事件犠牲者(奥宮建之・岡林寅松・小松丑治)の関係団体と連携を図ります。その為高知市の自由民権友の会と交流を深めます。
「幸徳秋水研究会」を月に1回行い、参加者の増に努めます。
大逆事件の真実を多くの人に理解して頂く機会として市民大学へ大逆事件研究者の招聘を市に推薦し、実施を要請します。又独自の後援会も行います。
顕彰会広報活動として「会報17号」等を発行します。
県内外から幸徳秋水の史跡を訪ねて来る人々のため、案内板の増設と説明用冊子の作製を市にお願いし、ガイド等の要請があるため、市職員・顕彰会等のボランチアによる史跡案内を行い、市民の秋水ウォーキングを行います。
市街地活性化事業の一環として、幸徳秋水を中心とする人物館の設立と天神橋西側通りを「秋水通り」の呼称となるよう地域や市に働きかけます。
10 市職員をはじめ、市内諸団体に会員加入を勧め、会員の増を図ります。

2004年度幸徳秋水を顕彰する会活動方針
Copyright 幸徳秋水を顕彰する会 All Rightts Reserved 戻る